vol.010 コタツ

blog拝啓 陽春の候 自販機で買うポタージュスープのコーンは実に取り出しづらいこととお慶び申し上げます。

さて、可憐な薄紅色を纏った桜の木々も若葉で新緑に包まれようとしているなか今回は季節外れな冬の話題をすることを悪しからずご了承下さい。

さてさて、凍てつく冬の寒さをしのぐ暖房器具と言えば,なんといっても「コタツ」である。
実家の居間には掘りごたつがあった為、子供の頃から親しみ愛し続けたコタツ。
熱のこもったあの空間に一度足を入れたなら、その魅力に込まれるようにコタツとカラダが一体となる。
それに健康にもよいと言われる頭を冷やし足を温める「頭寒足熱」。
さらには他の暖房器具に比べ電気代だって節約できる。
コタツはまさに炎の神アグニが我々人間に与えた珠玉の一品といっても過言ではない。

しかしながら、先頃の冬から長年愛用したそのコタツを卒業することにした。

珠玉の一品のハズだったコタツは同時にパンドラの箱でもあり、かなりの確率で居眠りへといざなうのだ。
その確率は9割8分5厘といったところだろうか。
いや、9割8分5厘1毛はある。
しかも中途半端な時間に睡眠をとってしまうと明け方まで眠れなくなり、結果的に昼過ぎまで寝てしまうのだ。
それにより今まで築き上げてきた規則正しい生活のリズムという城壁があっけなく崩壊するのである。

そして、一度入ったが最後、その温室から出ることが億劫になり活力や思考能力まで奪われ、残念な生活スタイルに陥ってしまう。
髪はボサボサ、無精髭はいつしか立派な髭となり、上下逆さにしても顔に見えるという騙し絵のようになる。
さらに進むとマンモスを追っていた頃の原始人のイメージそのものだ。
仕事もせず、さらには食事をすることすら面倒になり、カラダはみるみる痩せ細り、下まぶたは漆黒の闇と化し、まるで別人のような姿に変わり果ててしまう。
そんな姿に、周囲だけでなく遂には家族さえも愛想を尽かせる。

「コタツ辞めますか 人間辞めますか」

そんな決断を迫られる。

最初は友達に誘われて面白半分で始めた…
1回だけのつもりだった…
でも気がついたらやみつきになってしまった…
麻薬Gメンならぬ「コタツGメン」に見張られているような気持ちにさいなまれながらも、冬の寒さと荒んだ心を埋めるため、どうしても辞められなかったのだ。

そんな折、いつものようにダラダラとテレビをつけていると、ある家族が冬場にコタツもストーブも無いリビングルームで寒がる様子など一切見せず、楽しそうにチクタクバンバンをしているという驚くべき光景を目の当たりにした。

その瞬間、虚ろだった僕の眼が見開いた。
やっとの思いでその謎を探求した僕は「エアーコンディショーナー 通称エアコン」という
暖房器具があることを知った。

そして自分が賃貸している部屋を改めて見渡してみると、それと同じような長方形の箱が備え付けられている。

しかし、ボタン1つで部屋中暖かくなるなんて、そんな上手い話があるはずがない。
「絶対に儲かる!」という詐欺の誘い手口さながらだ。
とはいえ、今の変わり果てた自分から抜け出すには他の手段を選ぶ余地はなかった。
僕はワラをも掴む想いでリモコンと呼ばれる板状の遠隔操作機をつかみ、不安と緊張で震えるその手で「運転開始」という意味深な四字熟語が書かれたボタンを押した。
しかし、そんな不安よりも希望の方が明らかに大きかった。

ボタンを押すとエアコンから「ピピッ」という電子音が鳴った。
それはまるで新たな自分への船出を知らせる汽笛のように聞こえた。

それと同時にエアコンが大きな口を開け「ブファ〜」と息を吹き出すと、あっという間に部屋中が暖かな空気に包まれた。
目を閉じると常磐ハワイアンセンターの景色が浮かんでくる。
どうせ想像なのだから本場のハワイの景色で良かったのにと後になってから思った。

ゆらゆらと上下する風向版はまるでフラダンスの手つきのようで、ときより顔にフワッと吹きかかる優しい風は常夏の国に来た僕を歓迎すべく、フラガールがプルメリアの花でつくったレイを
首にかけてくれているように感じた。
そしてその瞬間、僕の口から自然と「ALOHO」の言葉がこぼれ出た。

それからというもの、僕にはすっかり昔のような活気ある生活が戻った。
しかし、長年愛し続けたコタツだけに、それはもう涙の卒業式となった。

向かい合いアーチをつくって迎えてくれた在校生。
祝辞を読んでくれたコタツGメン。
ピアニカの伴奏に合わせ、皆涙声をこらえながら、そして桜餅やようかんを思い浮かべて歌った卒業式の定番ソング。

「仰げば尊し 和菓子の恩」

僕は「家具調コタツ取り扱い説明書」という卒業文集を手に新たなエアコンライフへと羽ばたくのであった。

敬具

コタツ1

【※訂正とお詫び】
本文中に、居眠りの確率を9割8分5厘1毛はあると記述しましたが、よくよく考えると、やはり9割8分5厘くらいでした。
謹んでお詫び申し上げます。

Ⓒイラストレーター トツカケイスケ