vol.012 風物詩

風物詩
透き通るような乳白色の肌。
抱きしめると折れてしまいそうな、たおやかな体。
水滴を帯びてキラキラと輝くその姿に誰もが一夏の恋に落ちてしまう。

そんな「そうめん」

昨年までは俄然ゴマダレ派でしたが今年からはオーソドックスにめんつゆ+小口ネギで頂いてます。
名脇役となる小口ネギは大量に刻んで冷凍保存しておくとなにかと重宝します。

さてさて、そうめんといえば、一度は夢見るのが「流しそうめん」。
竹の樋(とい)を伝って流れてくる風情と清涼感はまさに夏の風物詩といえる。

ご自宅でも気軽に楽しめる家庭用キットならホームセンターや通販でよくみかけるけど、どうせやるなら本格的に竹樋で…いや、もっとダイナミックに信濃川の上流から流したいと思うのが男のロマン。

日本で一番長い川を旅したそうめんは、沢山の体験を通し一回り大きく成長して僕の元へと辿り着くであろう。
(水分吸い過ぎたからという説が有力ですが…)

上流の長野県は甲武信岳から麺を流し入れ、日本海に流れ込む手前の新潟県は新潟市あたりでキャッチするとうスンポーだ。

上流にいるスタッフからケータイに電話が入る。
「えー、こちら上流こちら上流、ただいま麺を放流しましたどーぞ。」
とトランシーバーでも使ってるかのような口調。

いよいよ男のロマンがスタートした。
高鳴る鼓動はもう誰に求められない。
しかし、さすがは日本最長の川だけあり待てど暮らせどまったく麺は流れてこない。

流れてくるのは額からの汗と暇な時間ばかり。
そのうち「川の中で箸と碗を持って身構える怪しい男がいる」
という噂まで流れてくる。
やがて日が暮れてどこからか「夕焼け小焼け」も流れてくる。
辺りはすっかり暗くなり、空には星が流れても僕はそうめんが流れてくるのを待ち続ける。
一度やり始めたからには諦めるわけにはいかない。
なぜなら僕には九州男児の血が流れているから。
(ご出身、埼玉ですよね?)

日中の猛暑とも言える気温に加え、長時間川の中に立ち続けていたことにより体力も限界を感じ始めた。
その瞬間、10メートルくらい先にゆらゆらと動く白く細い物体が目に入った。
それが自分の手前1メートルほどのところまで来ると、残ったすべての力をふりしぼって箸を水中へと潜らせた。
すると、勢い余ってか水中の岩に当たり無残にも箸が半分に折れてしまった。
折れた破片は勢いよく円を描きながら周り、「アディオス!」と言わんばかりに「ポチャン」と音を立てて水面へ落ちていった。
折れた箸の長さが7cmとすると、それが描いていた円周は約43.96cmである。

そんな円周=2πrな情報はさておき、箸が折れても心までは折れまいと僕はサケを捕らえる熊のように自らの手で白く細長い物体をすくい取った。
長かった戦いともようやくセイグッバイ。
僕の目からは自然と大粒の涙が流れた。
心の中でクィーンの名曲「We re the champions」も流れた。

しかし、歓喜の歌に浸っているのもつかの間、その白く細長い物体はそうめんではなくエノキ茸だった。
何故エノキ茸だったかは説明するまでもありませんね。
(暗黙っぽく言われても皆目検討が…)

遂に心まで折れてしまった僕は静かに川から上がり季節外れのトレンチコートの襟を立てるながら街頭もない夜の町に消えた。
その後、ロマンに破れた失望と絶望で荒れ果てた僕はその乾いた心を埋める場所をすように町から町へ渡り歩く流れ者となった。

風物詩1

Ⓒイラストレーター トツカケイスケ