vol.038 万歩計

万歩計
もうすぐ5月。
風薫るこの季節は足取りも軽くなり、ちょっとくらい長い距離だって楽しく歩けちゃいますよね。
イタリアからアルゼンチンまでの母を尋ねて三千里だってバッチコイです。

さて、歩くと言えば最近では万歩計の進化がめざましくカバンやポケットに入れていても正確に歩数をカウントしてくれるものや消費カロリー計算付きのも、パソコンと連動して健康管理出来るものまであります。

そんな万歩計を見ていると蘇る幼き日の記憶…。

子供の頃、父親の仕事の関係で転校が多かった僕は、なかなか友達ができなかった。
それに加えて、鍵っ子でひとりっ子、毎日食べたい ほねっこ(蛇足)。
帰っても誰もいない部屋で、ただただ膝を抱えて座っている日々を過ごした僕は誰よりもキレイな体育座りをマスターしちゃいました。

そんなある日、僕の寂しさを察し不敏に思った父親が会社帰りに万歩計を買ってきてくれた。
(そこは普通、ペットかテレビゲームでは?)

「これでもう寂しくないよ!」僕は大喜びした。
(まさかのご満悦!)

それからというもの僕はいつも万歩計と一緒だった。
雨の日も風の日も、共に笑い、共に泣き、彼と唯一無二の友達になった。

夜寝る前にはちゃんと『0833(おやすみ)』を言ってくれる。
朝起きると『0840(おはよー)』を言ってくれる。
(歩数増えてますが夢遊病って事で宜しいですかね)

こんな仲良しな日々がいつまでも続いたらと思っていた。
そう、中学3年の夏までは…。

学校からのいつもの帰り道、僕はふと彼に進路のことを口にした。

「なぁ、高校どこにする?」
おい、聞いてんのかよ、俺たち成績も同じくらいだし一緒の高校行けるな」

ところが、彼はすぐには口を開かなかった。
重い表情でようやく口を開いたと思ったらどうやら高校へは進学せず東京に行ってミュージシャンになりたいとのことだ。

その言葉を聞いた僕は、驚きのあまり図工の時間に作った九谷焼の壷を地面に落とし割ってしまった。

その音に驚いたのか、電線で羽を休めていた数百羽のトキが一斉に飛び立った。
(ぜひ佐渡のトキ保護センターにご一報を)

「何言ってんだ、俺たち高校行ってからも一緒じゃねーのかよ!」
これからも一緒に歩んで行こうって言ったじゃんかよ!…万歩計だけに」
しかも、ミュージシャンって、お前が音楽やってるとこなんて
見たことねぇぞ!オシャレにジャズでもやんのかよ?」

すると彼は小声でこう答えた

0049(フォーク)』

どうやら彼は昔見たテレビ番組のフォークソング特集に大いに魅了されていたらしい。
更には僕の知らないところで、猛反対する両親に、
フォークへの熱い想いと決して揺るぐことの無い断固たる決意を話し続け
やっとの思いで説得したとのことだった。
彼にはもうフォーク以外見えていないという感じだった。
”フォーク命”というタトゥーさえ入れそうな勢いだった。

「フォークって、あのフォークソングのことか?!
団塊の世代が愛してやまなかった、まさに人生そのものだった、あのフォークのことか?!!
そんな昭和を代表する音楽を何故に今更始めんだよ!
今や空前のバンドブームだぜ!ロックが熱い時代なんだぜ!」

彼は「え、マジ?」っという顔をしてこう答えた。

8869(やっぱロック)』
(心変わり早っ!確固たる決意はっ?!)

「ロックにしたって、音楽の世界はそんなに甘くねーぞ。
それに、東京の…東京の何処に行くんだよ?なぁ、どこだよ!」

彼はなんども僕に肩を揺すられながら答えた。

0428

「0428……って渋谷か?四ッ谷か??どっちだよ!?」
僕はさらに力強く彼の肩を揺って問いつめた。
あまりの揺さぶられっぷりにメーターが1回りした彼はこう答えた。

0038

「大宮って、さっきと違うじゃねーか!
しかもお前、それ東京じゃねーよ!埼玉県だよ!!」

その後はお互い黙りこんでしまった。
後ろからチリンチリンとベルを鳴らし、
アイス売りのおじさんが僕らの横をトコトコと通り過ぎた。
(二輪車かと思いきや二足歩行?!)

しばらく続いた沈黙をやぶったのは僕だった。

「でもまぁ、お前がそこまで固い意志をもってるなら行ってこいよ、東京!
いつか世界中のやつらのハートに、お前のビートを刻んでやれよ!」
(台詞が古いよ!昭和元年だよ!!)

辛いことがあったらいつでも戻って来いよ。
父ちゃんも母ちゃんも、兄ちゃんも妹も、爺ちゃんも婆ちゃんも、レオンも、ニキータも、家族みんなで待ってるからさ」
(たしか、一人っ子の設定では…)

すると彼は、一度だけうなずき涙声で答えた。
0039(サンキュー)』

15年後のある日、僕はコバルトブルーの海を望むハイウェイを愛車のアバンテJrで疾走と駆け抜けていた。
車中のラジオからは聞き覚えのある歌声が聞こえてきた。

今ではすっかりヒットチャートの常連になった彼のバンドの懐かしいデビュー曲。

「鬼嫁宣言」。

♪アンタを婿に~もらう前に~言っておきたい~ことがある~♪
(大胆なほど関白宣言パクってる! しかも結局フォーク!!)

万歩計1

 

Ⓒイラストレーター トツカケイスケ