vol.005 キャンペーン

キャンペーン
先日、数ヶ月ぶりに会った知人から言われた
「太りましたね」を思い出し久々に体重計に乗ってみる。

ここのところずっとバタバタしていたこともあり、
太るどころか、むしろ痩せているだろうと思っていた。
下手したらananの表紙を飾るほど理想的な体系になっているだろうと思っていた。
しかしながら、そんな思いとは裏腹に只今増量キャンペーン実施中!

キャンペーン1

僕は疑った。
疑わずにはいられなかった。

「いま払ってる年金は将来ホントに還付されるのか」と…
(この流れでそれ?!)

しかしハイスペックを誇るTANITAの測定器の数字は嘘をつかない。
それに、優しいだけの嘘ならいらない。
(過去に何かありました?!)
でも、思い返すとここ最近、言葉の語尾に「ブー」が付いていたような…。

ショックで意気消沈した僕は、静かに体重計から足を下ろし
そのまま冬の河原へと向かいハーモニカを吹く。
木枯らしに揺れる草木の音が「ドンマイ」と慰めてくれている気がした。
僕は身も心も凍えそうな体を丸め、コートの襟を立てて元来た道を歩く。
反対側から荷馬車に揺られドナドナと市場へ向かう子牛にまで励まされた。
ある晴れた昼さがりだった。

それにしても食生活にはわりと気をつけている方だと
自負していたのに、一体どうして…。
僕は原因を思い出すべく、記憶のトラベルツアーに出かける。
ツアーといっても他の同乗者と違い観光気分に浸っている場合ではない。
窓からの見える澄んだ景色も、栗色の髪を内巻きにしている
セクシーなガイドさんも目に入らない。
欲しいのは増量に至った「真実」だけ。

そんな硬い表情をしている僕に気を使ってくれたのか
隣に座っていたお婆さんが風呂敷包みから蜜柑を取り出し僕に手渡してくれた。
お婆さんのご好意と蜜柑の甘さが僕の表情を和らげた。
僕はしばらくこのお婆さんとたわいもない会話を続けた。

お婆さんは「おせつ」さんといい、70歳を過ぎた今でも
現役でバリバリ働いているらしい。
驚いたのは、このおせつさん、話し方はとてもゆっくりなのに
肉眼では捉えられないほどの早さで蜜柑の皮を剥いている。
(その人どっかで出てきたような…)

一行はまず身近な記憶に出会うため海馬領域へ。
ここでは、昨日友達と電話した記憶、今日の朝食の記憶、
さらにはこの文章を書いているまさに今この時間の記憶など
まだ新しい鮮明な景色が広がる。
しかし、ひと通り巡ってみたが探している真実は見つからない。

僕は次へと望みを託しシナプス街道を走り中心都市である大脳皮質へ向かう。
途中トイレ休憩で立ち寄ったパーキングエリアでは、
ご当地ソフトクリームを食べ友達へのお土産に名前入りのキートルダーを買う。
(すっかり観光旅行の王道してる!!)

大脳皮質では懐かしい記憶たちと遭遇。
年月を重ねても色褪せずに根強く残っているものもあれば
おぼろげに残った断片的なもの、美化されて形を変えたものなど様々だ。
しかし、ここでも探している真実には辿り着けない。

一体どうして…。
僕はもう一度自分自身に問いかける。
すると、僕はある確信に辿り着いた。
これはもはや悪い魔女が僕を太らせて食べようとしている以外に考えられない。
おそらく僕が寝ている間に甘いモノをお腹いっぱいに詰め込んでいるのだろう。
魔女のヤツ…
二度と入って来れないようにドアの鍵をディンプルキーに変えてやる!
(魔女なのにピッキングで開けてたの?!)

探してた真実も対策も見つかりスッキリした僕は
張りつめていた緊張感が消えると同時になんだか小腹が減り
いつものように大好きなアーモンドチョコを口いっぱいにほおばった。
(探してた真実、魔女じゃなくてソレ!!)

 

キャンペーン2