vol.011 眠気

眠気
最近まことに寝付きが悪いです。
昼寝をしたわけでもないのに…。

カフェインを取りすぎたわけでもないのに…。
翌日に遠足があるわけでもないのに…。

いったい睡魔の奴は何をやっているのか。
僕は彼の待機している楽屋をそっと覗いてみました。

この世界的な大不況は睡魔業界にも影響を及ぼしており昨年まで僕の専属だった睡魔も今では複数人の掛け持ちになっています。
でもって、つい先ほどまで日帰りで四国まで行っていたらしく疲れ果てた様子で机にうつぶせになって寝ています。
「睡魔」なんて言われているくせして寝顔はわりと可愛いです。

机の周りにはビッシリと予定が詰まったスケジュール帳と出張先への飛行機のチケットや経費の領収書で溢れかえっていて多忙な様子が手に取るようにわかります。
それにしても睡魔が睡魔に襲われて…と思うとなんだか笑えます。
僕は彼の背中にそっとブランケットを掛けると静かにドアを閉めて楽屋を後にしました。

眠気1

さてさて、睡魔に頼れないとなれば羊を数えるしかありません。
しかし、数えれど数えれど我が眠気一向に訪れず。
いったいどれだけ数えたことか。
増えすぎた羊の鳴き声がうるさくて逆に眠れません。
いっそ羊毛業でも営もうかと思ってしまいます。

うららかな春を終え、日に日に暑さが増しすと共に羊牧場では一大イベントともいえる毛刈りのシーズン到来です。
羊の中には、まな板の鯉とばかりに大人しい子もいれば嫌がって暴れまくるやんちゃっ子もいるわけで、バリカン片手に羊をクラッチしながら何頭もの毛刈りをするのは僕ひとりではとても大変な作業になります。

可愛い羊たちの中でも、ひときわ僕になついてくれているのが今月で1歳になるサツキです。
サツキは忙しそうに毛刈りをしている僕を気遣って自らバリカンを持って自分の毛を刈っています。
なんとも泣けてくるじゃぁありませんか。
とはいえ、さすがに背中だけは手が届かず最後は僕がキレイに仕上げます。

眠気2

そんな牧草地での生活は、羊と山羊の違いはあれど、まるでアルプスの少女ハイジの気分です。
口笛は何故遠くまで聞こえるの?
あの雲は何故わたしを待ってるの?
教えておじいさん。
教えておじいさん。

そんなほのぼのとした生活を送っていたある日、羊たちの前に近くの森に住むオオカミの魔の手が忍び寄りました。
オオカミはものすごい勢いで羊たちを追いかけ始めます。
必死に逃げ回る羊たちの中でオオカミは出遅れた1頭に目をつけました。
あのサツキです。
オオカミの力強い腕が小さなサツキのカラダを捕まえると、その鋭い牙が白い喉元に襲いかかろうとしています。
その瞬間、僕は「危ない!!!」と大声を上げながら、ガバッと布団から起き上がりました。
どうやら、いつの間にか夢の中に居たようです。

「夢で良かった!」と胸を撫で下ろしたものの、恐ろしい光景が頭から離れず、動悸がしてきました。
その動悸は山本リンダの歌のごとく、もうどうにも止まりません。

そんな僕にそっとホットミルクを手渡してくれたのが、先ほどまで楽屋で疲れて寝ていた睡魔でした。
ご存じホットミルクに含まれるトリプトファンというアミノ酸は脳内でセロトニンを作りだし、催眠や精神安定に効果があります。
しかし、僕はマグマのように沸騰したてのミルクが入ったコップを滑らせ膝にこぼしてしまいました。
その瞬間、僕は「熱っ!!!」と大声を上げながらガバッと布団から起き上がりました。
どうやら、いつの間にか夢の中に居たようです。

「夢で良かった!」と胸を撫で下ろしたものの、いったい、いつになったら熟睡できることやら…
教えておじいさん。

Ⓒイラストレーター トツカケイスケ